赤裸々過ぎ注意!
かなり赤裸々に語ります
語らせていただきます
見た人 どん引き確実です
わかる人は わかる単語
たくさんでます
それでも
見てくれる人だけ見てね
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↓
2008年はあたしにとって、
とても辛い年でした。
中3になって自分を持って
ずっと考えてきたこと。
家の事
親父のあたしへの理想
母親の肺血栓塞栓症
兄の知的障害
家族内の優先順位
今も 昔も
不幸だとは思ってない。
確かにたくさん悩んできたけど
それ以上に得るものがあった
今のあたしは
どれが欠けてもいないから。
あたしは大学に行くために
高校に入った。
拓人を守るために
将来養ってくために
あたしは人より稼ぐ必要があった。
だから、
そこそこの会社に入りたかった。
そのためには
良い大学に入る事も必要だった。
だから、
高2から予備校に通って
受験勉強もたくさんした。
でも、
自分のやりたい事もしたいから
文化女子を探して、決めた。
文化女子なら偏差値は高くないけど
専門系の大学だからアパレルの就職に
すごく強かったから。
家では普段は仲良い家族で
買いものもよく一緒にいった。
ただ、
本音を話さなかっただけ。
あたしが何を考えてるか、
あたしが何を思ったのか、
あたしが何をしたいのか。
何ひとつ話さなかった。
理由はある
親があたしを認めないから。
あたしが親に依存してるから。
今までずっと親に否定され続けて
そのたびに自分を傷つけてきた。
本音話して否定されることが
何よりも怖かった。
親には理想のあたしがいて
"親の理想のあたし"以外の
あたし自身を殺してきた。
あたしがすることを
親の心配と権力で囲った。
その心配は
理想じゃないあたし になること
本音を隠して我慢して
拓人を護るために頑張る
それが 今までのあたし だった。
でも、
無理だったの。
欲しいものを我慢して
誰かのために頑張って
まわりに否定されて
親も拓人も愛してるから、
重くて 耐えきれなくなって
結局
あたしはつぶれたの。
限界が来て、
心身ともにつぶれた。
痩せるつもりはないのに
体重は6KG減って、
気管支炎になりかけて、
毎日過呼吸になって、
病院にいったら
精神安定剤を進められた。
拓人を護ることをやめてから
あたしは生きる意味をなくしたの。
あたしには拓人がいて
拓人にはあたしがいて
お互いがお互いを必要としてて
あたしには確実な存在だった。
そこにあたしは依存してた。
拓人を護るために
あたしは生きていて良かったの。
それがあたしにとって
唯一の自分を認める方法だった。
それを捨てたあたしは
拓人を護ることをやめた罪の意識と
生きて良い権利を失った。
そこからはもうぐちゃぐちゃで
電話しなきゃ眠れなかったし、
常に誰かと連絡がとれないと
不安で不安でしかたなくなった。
自分の話ばっかり話して
相手の話も聞けなくて
誰といても 何をしていても
頭の中はいつもどこかうわの空。
確かに身体はここにあるのに
あたし自身はどこにもなかった。
今思うとすごく馬鹿なこともして
自分を傷つけるようなこともした。
ほんとうに
あたしの中身は
空っぽになっちゃったの。
そうなって初めて気がついたの、
あたしには何もない ってことに。
拓人を護る必要がなくなったら
大学行く必要もないし、
高校だって意味がなくて、
将来も生活できれば良かった。
服は相変わらず好きだけど
大学行かなくたって関われるから。
それに まず
何にもやる気が起きなかった。
毎日 寝るか。友達といるか。
あの頃は
頭の中はふわふわしてた。
心から笑えなくなって、
いつも空笑いばっかりしてた。
何を見ても 何を聞いても
どうでもよかった。
何ひとつ楽しくなかったの。
でも、 でもね、
あたしの傍にはみんながいた。
こんな風に堕ちたあたしでも
みんなは傍にいてくれたの。
ある人は
毎日電話に付き合ってくれた。
ある人は
真夜中に会いに来てくれた。
ある人は
いるだけで支えになった。
ある人は
一緒にはしゃいでくれた。
みんなが傍にいるうちに少しづつ、
自分を見つめ直せるようになって
大学に行くことも決めた。
そうしたら、
結局また文化女子に行きたくて。
決めたは良いものの、
まだなかなか動けなくて、
受験に本腰入れたのは11月。
TKGに入って、勉強して、
AO受けることを決めて、
そこからは課題つめて、
遊びも我慢して頑張ったよ。
それで、一次通って
大学行くことを決めた時も
AOを受ける前も
面接が終わった後も
一次通ってからも
親は応援の言葉ひとつなくて
やっぱり
そこでもあたしは傷ついたけど、
あたしが決めたことだから
あたしには関係なかった。ことにした。
合格発表がくる前に、
あたしは少し親に本音を話した。
生まれて初めて
あたしの思うことを伝えたの。
本音を話すことは
関係が変わるきっかけになることは、
あたしもずっと前からわかってた。
だけど、いつだって否定される恐怖には
勝てなくて我慢を選んできた。
否定されたら、
生きていけない気がした。
特に拓人がいなくなった今は。
だけど、
今のあたしにはみんながいた。
あれだけ堕ちても
支えてくれたみんながいたの。
だから、
だからこそ、
傷つくかもしれないリスクを
背負えたの。
みんながいるから
否定されても死なない自信があった。
どうやったって
傷つかないとは言えない。
でも、死なないの。
死ななかったら、生きてたら、
何でもできるもん。
だから、話せたの。
6年間。
ただひたすらに我慢してきた想いを
ぶつけることができたの。
合格通知がきて、
やっとおめでとうって言われた。
嬉しかったよ、
涙がでるほど嬉しかった。
"初めて"
あたし自身を肯定されたから。
まだキチンと話合ったわけではないし
伝えてないこともたくさんあるし
親に聞きたいこともたくさんある。
でもね、認めてくれたの
否定じゃなくて、肯定だったの。
あたしは子供なままで
考えも全然足りないし
やれることも限られてる。
でも、強くなったの。
それもこれも 全部
みんなが居てくれたおかげなの。
本当に 友達 みんな、
雄太もあゆみも真由も惟も美穂も
亜紗美もみいちやんも愉快仲間達も
3Fも2Aも地元も。
本当に 全員。
みんながいてくれたから
今、あたしはここにいるの。
冗談でもない、
大袈裟でもない、
本当に ほんとうに
みんなのおかげでここにいるの。
言葉にならない感謝でいっぱいだよ
伝えても、伝えても
ありがとうの言葉は尽きないの。
みんな 大好き
みんな 愛してる。
来年からは
あたしがみんなを支えられるように
もっともっと強くなれるように
頑張って生きていきます。
今年は本当にお世話になりました。
来年も宜しくお願い致します。
2008.12.31
林原 ななみ
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